40~50代向け

妻が「認知症」になった場合の財産分与リスク

相続に関する事項について記載する際の注意という記事で、婚前契約書には遺言めいたことは記載しない方がよいことについて書きました。

大きな理由としては、配偶者に不測の損害を与えたり、配偶者の相続人(連れ子、子がないのであれば兄弟姉妹)との間で、契約書の存在及び内容をめぐってトラブルになりかねないことが挙げられます。

この記事では、配偶者が認知症となったときは、最終的には財産分与は夫有利に進まないため、離婚を躊躇しているのであれば、早期に離婚協議をすべきという記事です。なお、認知症にり患した配偶者との離婚を推奨する意図はありません。添い遂げるのが理想ではあります。もっとも、婚前契約書を締結した男性においては個人の財産を守り財産の散逸リスクをできるかぎり防ぐ目的をもっているわけですから、大変ドライな考え方ではありますが、その場合のリスクヘッジのひとつとして、知識として知っていただきたいと思います。(なお、私が実務で提供する婚前契約書のテンプレートには、離婚後においても妻の固有財産を保証し、生涯不自由なく生活できるようなスキームを提案しています。)

今回は難しい問題を含むので、下記の問題意識を持ちながら読んでいただきたいです。

 

  1. 認知症になったら、意思能力が欠如するため離婚、財産関係の清算は困難
  2. 婚前契約書がない場合における認知症リスクを知る
  3. 婚姻関係を継続するか離婚をするか検討する際の注意点はなにか。財産分与、慰謝料請求を招く
  4. 離婚訴訟を提起する場合のハードルの高さを知る
  5. 財産分与を行う際は成年後見人による厳しいチェックが入る

 

 

妻が認知症(軽度の認知症を除く。)になったときの一般的な問題として、事実上(法的にではない。)協議離婚が不可能になりますので、婚前契約書に沿った離婚・財産分与はできないというリスクがあります。

もっとも、軽度な症状であれば、協議離婚は可能ですが、引き続き行われる財産分与協議については、意思能力が十分でないとして、成年後見人の選任がなければ行えない可能性があります。

以上から、認知症になった場合には、協議離婚はともかく、離婚+財産関係の清算まで行うのは不可能といえます。

そもそも、婚前契約書がないまま、相手が認知症にり患した場合ですが、夫において離婚訴訟を提起しようとすれば、選任された妻側の成年後見人は、婚前の特有財産の範囲から争ってくることになります。当然、具体的な分与方法についても、法定の割合で請求してくる可能性がありますので、まともな婚前契約書を作っておくのは必須でしょう。

離婚事由(理由)は、「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)にあたると主張することになります。その他の条文にひっかけることは困難でしょう。「回復の見込みのない強度の精神病にかかっている」という離婚事由を定めた4号は、形式的に主張してはみますが、通らないと思われます。

離婚訴訟ですが、配偶者個人を被告として訴訟提起することはできません。

配偶者には、意思能力がありませんので、家庭裁判所に成年後見の申立てを行った上で、審判の結果、成年後見人が選任されたら、成年後見人を相手方にして離婚訴訟を提起します。(身分関係にかかわることですので特別代理人ではありません。)

親族側が成年後見人の選任申し立てをしてくれるケースは有りますが、極めて稀ですので、当方から申し立てる必要があります。この点は大きなハードルといえます。(なお、当方から申立てをした場合は、成年後継人は弁護士が選任される可能性が高いです。)

離婚訴訟が進行するとどこかのタイミングで、当然、配偶者側(成年後見人)から財産分与調停・審判を起こされることになります。(財産分与調停・審判を当方側から起こす必要はないでしょう。)。

また、妻側の連れ子、子が無いなら妻の兄弟姉妹から、妻と離婚しようとしている夫に対して、成年後見人を通じた慰謝料請求をしたいと考えるでしょう。これも避けられません。ただし、離婚を要求しただけでは何ら慰謝料を支払う理由にはなりませんから、不貞等の事情がないのであれば、慰謝料請求自体はあまり心配する必要はないでしょう。(なお、妻側の親族は成年後見人でないかぎり、妻の財産関係に関与することはできませんから、直接、金銭的要求があった場合には、毅然と妻との問題であるとして、拒絶するのがよいでしょう。)

財産分与(調停・審判)において、裁判所が選任した成年後見人(配偶者妻の連れ子や兄弟姉妹となる場合がおおいでしょう。)は、婚前契約書に記載されたとおりの財産分与方法を前提とした協議をすすめることは期待できないと思われます。

 

また、家庭裁判所において弁護士を後見人又は後見監督人に選任した場合にも、弁護士の職責を全うするために、婚前契約書は厳しくチェックすることになります。

弁護士としては、認知症の妻と夫との間にそのような契約関係があったときは、下記の事項を調査したうえで、ギリギリ争う姿勢をとってくるのだろうと思います。

①そもそも婚前契約書の内容に合理性があるかどうか

②当初開示された財産情報が正確であったかどうか

③夫婦生活における妻の働きぶり、特に財産の維持形成に関する寄与割合

感覚的には、成年後見人は妻本人から聞き取りができませんから、妻の気持ちや情報を把握することができず、正しく主張及び立証をすることができない可能性があるといえます。ゆえに、もしかすると、財産分与調停は夫有利に進行するのではないかといえる余地はあります。

しかし、離婚訴訟がうまくいったとしても、財産分与審判において、裁判所が、認知症の妻と離婚をしようとしている夫に対してどのような心証をもつかという観点からは、おそらく、婚前契約書を一部尊重してくれたとしても、妻の生活(特に介護に関する事情)を考慮して、妻有利な決定をする可能性が高いです。

以上から、認知症となった妻と離婚する際には、財産分与協議は有利に進むことは期待できませんから、60代~70代になって、離婚をするかどうか迷うのであれば、自らの幸せのためにも、妻の意識がはっきりしている間に離婚に踏み切った方がいいのではないかと思います。